2010年9月27日月曜日

そば打ち体験  トヨタ家族会

9月24,25両日 ネバーランドにおいてそば打ち体験会を開催しました。

今回はトヨタ本社の家族会です。二日間で108家族。約350人の参加でした。

ネバーランド 153号線から見たところです

会場となったネバーランドです。




主催者幹事の皆さんです


会場案内
ソフトクリームが目立だっていますが、今回は左側の「SX会生技支部そば打ち会場」


がメインです。





かわいいちびっ子姉妹もがんばっています



御華泉の皆さん 美人ぞろいです


そば打ち体験が終わり外に出たところ、当日ネバーランドの屋外広場で開催された太鼓祭りを終え休憩中の「御華泉」のメンバーに会い記念撮影しました。
伊那谷を中心に世界的に活躍しているプロ和太鼓奏者『塩原 良』氏の一番弟子。

木道 ネバーランドの北側の裏山の散策道


2010年9月21日火曜日

朝ズバッ・・・目の付け所! 国章とは


今朝 朝ズバッ を見ていたら、国章の話題になったので
もう少し深く広く情報を拾い集めた見ました。

そもそも国章とは?
国家を象徴する紋章や徽章のことだそうです。
一般に国旗よりもデザインが複雑なため、その国の風土、歴史、文化などが象徴的に表現され、その国を理解する上で国旗よりも多くの情報を読み取ることができる。 ということだそうです。

十六八重表菊
では日本の国章はどんなものがあるか?
日本では、法令上明確な国章は定められていないが、
慣例的に皇室の家紋であり、天皇の紋章である 
十六八重表菊が国章に準じた扱いを受けている。




五七桐花紋


又、首相、政府(内閣)、皇室の慣例的な紋章である 

五七桐花紋も国章に準じた扱いを受けている。

日本の旅券表紙

た日本の旅券の表紙にも菊花紋がありますが、

これは八重菊ではなく一重菊で、皇室に配慮したのでしょうか?

十六弁一重菊花紋
敢えて「菊花」としたのは、
花以外のある菊の葉・菊の枝丸・菊水等と区分した表現です。


なお 見開きのページには五七桐花紋が あります。




首相の記者会見演台(青色)

首相記者会見演台(エンジ色)
首相の記者会見でよく見かける演台

五七桐花紋

青色とエンジ色があり使い分けています











今日の朝ズバで知り、ネットで探し当てました。


明治神宮では南神門両脇門の扉だけだそうです。

でもこちらは五三桐です。

一般的に五三桐は五七桐より格下ということで、皇室に配慮。

美しい菊紋は随所に見かけます。


五七桐について の総括

そもそも桐は鳳凰の止る木として神霊視されて、
一説には嵯峨天皇の頃から衣類の刺繍などに用いられるなど
「桐の御紋」は格式のある紋とされました。

また中世以降は武家が望んだ家紋とされ、
足利尊氏や豊臣秀吉なども天皇から下賜されています。
このため五七桐は「政権担当者の紋章」という認識が定着することになりました。

但し征夷大将軍に任命された徳川家康だけはこれを断り使用しなかった。

1872年には当時の明治政府が大礼服を定め勅任官は上着に「五七桐」
を用いることとされました。

日本国政府(首相・内閣)の慣例的な紋章で日本の国章に準じた扱いを受けています。

旭日章の意匠に取りいれられたり、日本の天皇と皇室を表す紋章である「十六八重菊」に準じるものとしてビザやパスポートなどの書類の装飾に使われたり、官邸の備品や総理の演台に取り付けられているプレートに使われています。

2010年9月20日月曜日

ハナモニ 哺乳類カメラのフィルム設置

先月に引き続き哺乳類班になりました。


植物観察8人、哺乳類班3名と2班に分かれました。


 観察カメラはこんな感じで
5箇所設置してあります。


最初の設置は、日本自然保護協会の本部から指導していただきました。
獣道を狙って、一日を通じて日光が当らないこと等・・・・の指導を受けました。

ここは林床に笹が多く、ウグイスがチャッチャと盛んに鳴いていました。





ボックスからカメラを取り出し

フィルムと電池を交換後

再セットします。











ボックスにセット完了後は

新しいフィルムスタートの内容を書いた

スケッチブックをカメラに向けて3人で記念撮影

これで一箇所完了し、
 次のポイントへ移動しますが、


ショートカットするには沢を渡り、

急な坂道を登るので結構老体にはこたえます。







途中いろんな場面に遭遇しました。


まずはマムシグサ   


もうすっかり実を結び


色づくのを待っている感じです。





次はツリフネソウの群生地


穏やかな色に気分が和みます。


よく見ると花の形が各々少しずつ違うので
感心しています。










最後の出会いは

この赤い色の蛇です。


体長30センチぐらいで大ミミズと

見間違う程でした。


3人の包囲網で木の葉に隠れ様子を伺っているところです。

食事の際、会員に写真を見せたところ、シマヘビの赤ちゃんだそうです。




終了後 全員でいつのも芝生の木陰で昼食。


2010年9月16日木曜日

歴史の中の桔梗紋

今日は「秋の七草」の1つである桔梗について
歴史と家紋の観点で深く考察していきたいと思います。

万葉歌人山上憶良の歌

「萩が花 尾花 葛花 撫子の花 女郎花
また藤袴 朝顔の花」

 この朝顔が現在の桔梗です。

古名:オカトトキと言い、岡に咲く神草トトキの意
トトキの咲く所=土岐

別名:阿利乃火布岐(蟻の火吹き)があり、青紫の花に含まれているアントシアニンという色素は酸性になると赤に変色するそうです。

昔の人は経験で変色することを知り、
蟻がキキョウの花をかくような空想をしたのでしょうか?


家紋との関連
 ・戦国武士が先陣でキキョウの花を鎧にさし、

       敵を大いに打ち破った戦勝敵意味がある

  ・ 「更に吉」で縁起がよい

以上の理由で広く家紋に使われたようです。

家紋で辿る歴史散歩

     本能寺の変(1582年)

明智光秀の水色土岐桔梗紋は有名です。

特に本能寺の変で森蘭丸が信長に言ったセリフ

「謀反でございます!水色地に桔梗!惟任日向守光秀殿です」

     日光東照宮の鐘楼と陽明門の随身像の
     桔  梗  紋  の  謎  ?  ?(1637年)  

東照宮には「三つ葉葵」のほかに無数の桔梗紋が隠されています。
桔梗紋がなぜ東照宮にあるのか?
甚だ疑問ですが、次の二説があります。



太田桔梗
 




まず一つ目は豊臣家滅亡に執念を燃やして南海坊天海
となった明智光秀のものではないかという説


二つ目は徳川家康の江戸入府以前の初期江戸城を
築城した太田道灌の桔梗紋ではないかという説

この説は日光東照宮は江戸を風水で守るために
築かれたといわれているので、
江戸城の創始者である太田道灌に江戸を守護させる
というのは説得力がありそうです。

しかし
太田桔梗は花びらが如何にも細すぎて違和感がある。
                     

南海坊天海
 やはり日光東照宮の立役者 南海坊天海の家紋のほうが

鐘楼と随身像の紋に似ており、納得できる。


しかも天海の出自を調べてみると

天海の父は舟木景光といい

清和源氏頼光流土岐氏の庶流で光秀と同じであり、最も妥当と思われる。


 江戸城に残る「桔梗」の名
 昨年東京ではとバス観光の際、皇居で園内の案内図を入手し、
本箱に仕舞い込んでいました。
先日たまたまその案内図を開いて見て、
大手門、桜田門というのはよく聞いていましたが
「桔梗門」と言う名前は初めて知り気になりました。

そこでその由来を調べてみると

最初に江戸城を築いた太田道灌の時代に、この近くに泊舟亭があったと伝えられ、

道灌の家紋の桔梗紋からつけられたそうです。

現在でも門の鬼瓦には桔梗紋が刻まれているそうですが、残念ながら私は確認していませ
ん。
どなたか見る機会がありましたら写真でも送っていただけるとうれしいです。


一風変った桔梗紋


植村桔梗


桔梗紋の中には桔梗には見えない

独特な意匠の紋があります。
「植村桔梗」といい
徳川に仕えた植村氏の家紋で
土岐の一族を称し桔梗紋を
用いたそうです。
初めこの紋を検索するのに苦労しましたが意外と身近なところにありました。


それは刈谷旧市内の松秀寺の境内にある上村家の墓碑。
一度家の方に由来をお聞きしたいものです。






2010年9月13日月曜日

そば打ち体験

今年で三年目となったトヨタ家族会のそば打ち体験です。
今回は貞宝工場240人、二日間で開催です。
場所はネバーランド「杉ホール」、我々「ネバーランドそば打ち愛好会」の道場です。
幹事さん挨拶
そば打ち体験風景
1家族に対して我々愛好会のメンバーが1名つきそば打ちのお手伝いをしました。
そば打ち台12台で初日は4回転。
1回転の基本は1時間(内訳:そば打ち55分、交代5分)
工程ごとの時間配分は
①水回し  15分
②丸延し   5分
③四つ出し  5分
④延し    10分
⑤切り    15分
⑥後片付け  5分


打ち終わったそばはその場で茹でて食べていただきました。
皆さん自分達で打ったそばに満足げでした。
子供さんも真剣そのもの

お子さんの参加も多く、真剣にチャレンジしていました。
小学校前の子でもやる気充分で、手つきの非常に良い子、
粘土遊びの延長線上で喜んでいる子もいました。


初日終了後、宿泊組みは近くの温泉「ひまわりの湯」で疲れをとった後、
ネバーランドのすぐ裏側にあるコテージで宴会。



10人で二棟借りていましたが、宴会は1部屋にお集まり
ビールでカンパイの後、焼酎に変り、追加の料理はケイチャン(ホットプレートに鶏肉とモヤシ、ピーマン等の野菜を入れ味噌味で煮た料理)と、深夜まで続きました。


2日目は3回転と少なかったので二時ごろには終了。
2日目は驚いたことに金沢(男性)と白川(女性)の会員も加わり
終了後自分の練習(今年秋三段受験のため)をして、最終調整。



2010年9月5日日曜日

いざ出陣!!



早朝 散歩で道路脇の土手にこの鳥の羽発見!

野武士が兜に長ーーーい 鳥の羽を立てて

「エイ エイ オー」と雄叫びを上げているようです。

ササユリ・オニユリの復活めざして

9月4日 はなのき自生地の保全作業の日です。

ハナノキBコース終点のササユリ・オニユリが最近咲かなくなりました。

原因は竹の繁茂で日陰になったことです。

そこで本日参加者8人で、伐採班と運搬班に分かれて作業開始

私は前半竹切り、後半運搬
上り坂なので、これが見た目より、意外とキツイんですよ。

 作業が一段落した時点で、休憩。



冷たい水がおいしです。



皆でがんばった結果、こんなにサッパリと見通せるようになりました。

と言っても皆さんには、伐採前が分かりませんよねーーー

でも雰囲気だけは分かってやってください。

作業に取り掛かると、夢中になって写真なんか撮るのを忘れてしまうんです。

最近地方新聞社の方が忙しくてこれないので、広報担当がいません。